
名山に囲まれた山形は、かつて「野方」「里方」に対して「山方」と呼ばれ、それが「山形」の語源となった。深田久弥さんの『吹雪く蔵王』を読んで以来、蔵王は憧れの山。そして、旅館で飲んだ日本酒・十四代の衝撃は忘れない。雪山のあとの温泉は格別だが、出陣前の湯もまた記憶に深く刻まれる。

どれだけ科学やテクノロジーが発展しても、山は人智の想像を遥かに超えてくる。この世で最も当てにならないもの、それが峰不二子と天気予報 だ。
令和四年2月12日。三連休の中日。昨夜は21時に眠りについたが、大和屋旅館の布団が想像以上に快適で、つい惰眠を貪ってしまった。5時に起床する予定が、気づけば6時。予定より1時間遅れのスタートとなったが、朝風呂に浸かり、これまでの旅で味わった中でも最も美しい朝食で目を覚ます。

会計を済ませようとすると、「少しお待ちください」と、客人の靴を丁寧に並べる宿のスタッフさん。おもてなしの極意を学びたいなら、大和屋旅館に逗留するといい。接客のすべてがここにはある。

車で40分ほど山道を走ると、すぐに大渋滞に巻き込まれた。ロープウェイのおかげで観光地として名を馳せた蔵王は、登山者、スキーヤー、そしてSNS映えを狙った観光客でごった返している。まるでバーゲンセール会場だ。

コロナ禍の影響でロープウェイの乗車制限があり、乗るまでに2時間待ち。そこから樹氷高原駅、山頂駅と乗り継ぐため、山に登るより移動時間のほうが長い。これも「今を生きる証」だが、単独なら発狂していたところ。嫌気がさして帰らなかったのは、東北の母と呼んでいる アミさんの存在があったからだ。
60歳を前にしても、急登をグングン登る。山に入った瞬間、クライマーズ・ハイになるような山好き。出逢った中で誰よりも山の人。体力、スピード、テクニック――登山に必要な能力はいくつもあるが、アミさんの一番の才能は 「山を愛する心」
初めて一緒に登ったのは2015年の3月、雪の八ヶ岳。そこから秋の白神山地、12月の八幡平や八甲田山と、雪深さでまったく進めない登山も共にした。そして、3月の安達太良山を登ったとき、アミさんはこう言った。
「まっちゃんは、雪が似合うね」
雪国の山女であるアミさんからもらった言葉は、登山人生において大きな推進力となった。

シベリアの季節風が直撃する山頂付近は樹氷の美術館。ロープウェイでこの景色に来られるのだから、人が押し寄せるのも無理もない。雲ひとつない快晴の予報だったので、余計にこの日を狙ったハンターが多かった。

我々は樹氷そっちのけでスノーシューをつけ、山頂を目指す。「帰りにゆっくり鑑賞すればいいだろう」と完全な美術館気分でいたら、やはり山は甘くなかった。

神様はやっかいな性格をしていて、そう簡単には美しい風景を見せたがらない。蔵王はホワイトアウトの名所。わずか10分ほどで青空から白い魔境に変わる。

晴れなら若葉マークのクライマーでも簡単に登れるが、ひとたび悪天候になればベテランでも油断できない。頂上までは1時間の逍遥だが、遭難者も少なくない。
そして、天は我々を見放した。
だが、深田久弥さんの『吹雪く蔵王』を読んで以来、この景色を心待ちにしていた。
雪山は吹雪いてこそ。登頂の苦労が甘美に変わる。

髪の毛まで凍りつく。しかし、不思議と寒さは感じなかった。
そこに、アミさんがいるからだ。
山にいたのは、わずか1時間ちょっと。車やロープウェイの移動のほうが長い旅だった。

何かを得たのか、何かを失ったのか。それは分からない。
下山し、快晴の空に広がる夕焼けを見たとき、確信した。
「自分はクライマーなんだ」と。
登山に、結果もプロセスもない。ただ、そこに山があり、自然の祝福がある。
下山後、アミさんに山形駅まで送ってもらう。車内から蔵王を振り返ると、人生で見た中で最も儚く、屈強な夕陽が揺れていた。
蔵王(ざおう)とは
蔵王(ざおう)は、宮城県と山形県にまたがる火山群であり、最高峰は熊野岳(1,841メートル)である。東北を代表する名峰であり、日本百名山の一つに選ばれている。冬の樹氷(スノーモンスター)や、神秘的な御釜(おかま)と呼ばれる火口湖が有名で、年間を通じて観光客や登山者が訪れる。
蔵王の地理と特徴
火山としての蔵王
蔵王は活火山であり、噴火口の御釜には強酸性のエメラルドグリーンの水がたたえられている。火山活動の影響で温泉が多く、蔵王温泉をはじめとする良質な湯が湧き出る地域でもある。
四季折々の風景
蔵王の主な登山ルート
蔵王の観光名所
1. 御釜(おかま)
2. 蔵王の樹氷(スノーモンスター)
- 世界でも珍しい現象で、冬季に樹氷が見られる
- スキー場周辺に広がり、夜にはライトアップもされる
3. 蔵王温泉
- 約1,900年の歴史を持つ古湯
- 強酸性の硫黄泉で、「美肌の湯」として有名
雪山と温泉の本を出版しました♨️
